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歴史的建造物
2008/02/12(Tue)
 韓国の南大門が焼失してしまいましたね。歴史的な価値のある建造物が、たった一人の悪意でなくなってしまうのはとても寂しいです。韓国ではこれから議論を重ねて修復していくのでしょう。多少時間がかかってもいいから、国民の多くにとって納得のいく形で、新しくも歴史のある「南大門」が復活することをお祈りしています。

 作るのは数年、壊すのは一瞬でも、維持するのは何十年・何百年とかかる偉業だといいます。「歴史」をずっと守っていくことの大切さと難しさは、京都などの寺院スキーの私にも身近に感じられる問題です。
 奈良の東大寺に行ったとき、盧舎那仏の周囲にある像(四天王か菩薩様だったかうろ覚えですが)を囲う柵に墨で書かれたような文字がうっすらと残っていました。江戸時代の年号のようなものが見えて、昔から落書きする人はいたんだろうか、と苦笑いしたのを覚えています。
 法隆寺の宮大工さんの本を読み漁ったとき、地元の人々がお寺を信仰して守る気持ちが強かったから、法隆寺はあれだけの形で生き残ってきたのだという宮大工さんの言葉を何度も読みました。世界最古の木造建築物としての“価値”だけでなく、あれほどの美しさを保って存在し続けていることの“素晴らしさ”を私が本当の意味で理解したのは、興福寺の雨風にさらされて黒くひび割れた柱を見たときでした。法隆寺のエンタシスのつやつやと光る柱は、オリエント様式を伝えるだけでなく、このお寺が愛され守られてきたことを証明する柱なのだ、と。
 興福寺は明治時代の廃仏毀釈運動で苦労したお寺です。信仰する者が消え、守ろうとする人がいなくなって、奪われ壊されていくばかりだったとのこと。奈良公園が興福寺の寺領を多分に含んでいると後から知って納得したものです(公園の中にぽつんとお寺があってヘンだと思ったんですよ)。守られた「歴史」と、守ることのできなかった「歴史」。同じ奈良の寺院なのに、両者の違いを知るほどに悲しくなります。

 最近でも、歴史的な建造物に落書きがされたとか、仏像が盗まれたとか、ちょくちょくニュースで見ます。何も感じないのでしょうか。……多分、感じないのでしょうね。価値観は人それぞれとはいうけれど、自分にとって「どうでもいいもの」だからって、それを大切に思う人の気持ちを無視してぞんざいに扱っていいものじゃないのに。なんだか悲しいです。

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