2017 09 ≪  10月 12345678910111213141516171819202122232425262728293031  ≫ 2017 11
スポンサーサイト
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
今月のガンガン
2009/12/12(Sat)
 1~2度読みましたが、今回のハガレンだけは、読み返せません。さすがにダメージ大きいです……

 以下、ハガレンネタバレ。
 本気で遠慮なく書くので注意してね。

 大佐が「持っていかれる」としたら目だろう、というのは予測できていました。
 アニメの最終回があれだったし、部下が「鷹の目」だし。
 でも、完全に見えなくなってしまうとは思わなかった。
 しかも、「人体錬成しない」と決意した人を、半強制的に人体錬成させて奪わせるというのは酷すぎる、と。

 読者の感想ではマスタングの目が戻るか否か、で意見が半々に割れているようです。
 自分の意思で選んだ結果ではないのに奪われた人間が元に戻れなくて、アルフォンスだけ戻れるのは不公平だろう、というのが戻れる意見の根拠。
 クライマックスで目が見えなくなって、ほんの数回で元に戻ったらしらける、というのが戻れない意見の根拠。
 私個人の予想としては「戻らないだろう」と思っています。

 確かに他人様のブログで見かけた「失ってすぐ戻っても」という意見も根拠のひとつではあるのですが、もうひとつの根拠が、作者の荒川先生にとって障害があることは「不便」であっても「不幸」ではないから((C)ヘレン・ケラー)
 以前のアニメのとき、エルリック兄弟が手足や肉体を奪われたことは「罪の証」として描かれていて、不幸の象徴でした。でも、原作では「罪の証」ではあるけれども「不幸の象徴」として描かれていないんですよね。不自由な身体を受け入れて生きている。失って気づいた周囲の人たちの優しさを受けとめて、立って歩こうとしている。そこに「不便」はあっても「不幸」はない。
 作者さんは病院で警備員のアルバイトをしていたとき、手足を失った人たちをたくさん見ていて、そういう人たちの話を聞いている。そして、そういう人たちを「不幸な人」なんて思っていない。偏見も哀れみもない。そういう姿勢が、漫画に出ているんだな~と、アニメと比較して思ったものです。

 で、これはどこで読んだか忘れたのですが(画集か単行本付録のコメントだったかなあ)、荒川先生のお知り合いで盲導犬と暮らしている人がいる、というのを読んだことがあるんですね。その人のおうちにいくと、仕事中のはずの盲導犬が構ってもらいにくる、とあって、ものすごく驚いたものです(そこまで犬に愛されるってすごい)
 そういう、視覚障害をもつ人をじかに知る荒川先生にとって、目が見えないことは、不便であっても不幸なことではない。そして、視覚障害を「ほんの数刻だけの体験」みたいな不幸のネタとして使うとも思えない。どんなにつらいものであったとしても、受け入れて、立ち直れるものとして、与えている試練になるのではないか、と。
 エド、アルしかり。ランファンしかり。だから、大佐も受け入れて歩いていくことになるのだろう、と思っています。

 まあ、自分の行動の結果として体を失ったアルフォンスが戻れる(はずな)のに不公平だ、という思いは拭い去れないんですけどね。


 私の中で悲観的な結論が出てしまったうえ、来月号は国家錬成陣が発動するだろうから、もうしばらく立ち直されなさそうです。
 仕方ないので、当面は「私があなたの目になります」という中尉とか、いっそ二人で同居して面倒みるようになればいいさ、と約束の日の後エピソードを勝手に妄想して自分を慰めることにします。

スポンサーサイト
この記事のURL | 漫画・アニメ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
<<バタバタしてます(BlogPet) | メイン | バタバタしてます>>
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top

トラックバック
トラックバックURL
→http://12nocturne16.blog72.fc2.com/tb.php/507-3d1fa2db

| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。